50を過ぎて剣術入門、気がつけば60超え

古武術の稽古日記です。

中央を抑える 正眼を斬り落とす

撞木足の素振りは、もしかすると身体を練ることに主眼があるのかもしれない。

相変わらずドタバタしているが、時に居合い腰よりもスムーズに振れているかと思えることがある。
前より落ち着いてきたことは確かで、これが身体を練るということなのかと思ったりする。

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相手は正眼に構えている。
こちらは、半身で八相に構えている。右半身でも左半身でも良い。
相手の剣を打ち払い、中央線から外す(排除する)
そうして、こちらが中央を支配するという技である。

動きをわかり易く説明するために、打ち払うと書いた。
改めて言うまでもなく、払うという動作は不可である。
払うのではない、斬るのである(と言われた)

払うという動きは、勢いをつけて剣を相手の剣にぶつけようとする動きだし、誇張して書けばバットのスイング、縦ではなく横の軌跡になる。

横から剣をぶつけようとするとどうなるか?
既に中央に正眼で相手の剣があるのだから、そのまま空いたこちらの中央を打たれて終わり、である。
また、勢いをつけるというその準備段階で、つまりタメの段階で、相手に動きを読まれて準備される、或いは先に打ち込まれる。

が、10人いれば10人が横から剣をぶつける。
勘所を説明されても尚、多分10人中9人は、斬ったつもりでただ剣をぶつけるのである。

そう言えば、剣道でも擦り上げ面とかその逆のなんとか面(名前を忘れた)とかいう同趣旨の技があったが、初心者にそれが決められる訳はなく、たいてい仕掛けた方が付け込まれて負けと相場が決まっていた。で、せいぜいフェイント位にしかならなかった事を思い出した。

先生にやられると、斬り落とされるという感覚になる。
剣が外されるだけではなく、体勢自体が崩されるのだ。
八相の剣が動き始めたことは感知できるが(ゆっくりと動き始めるので)、斬る瞬間の剣は見えない。
動き出したと思った次の瞬間、剣ごと体勢が崩れているのである。

斬るとはこういうことなのかと思う。

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家での素振りの合間に、この動きを一人で稽古してみた。

自分の中央(正中線)を空けない工夫が要ることに気付いた。
言わずもがなだが、横から剣が出れば、その時中央はガラ空きとなる。

八相からまず、自分の中央に剣を立て、それから斬り込むのだろうか?
これは2段モーションのようでいま一つという気がする。

だが、そもそも八相とは、自分の中央に剣を立てる構えではないか。
とすれば、正しく身体を捌くことが出来れば、自分の中央を護りつつ攻撃できるのかもしれない。

となると、正しく八相に構える、正しく八相から身体を捌くという処から始めなければならないのか。

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話は変わるが、木刀の当たる音は乾いて高く、耳に心地良い。

だが、力を入れて速く振り回すと、良い音はするのだが、こちらと相手と両者の余分な力が相乗して木刀が思わぬ方向に撥ねて危ない。
「もっとゆっくり振ろう」と稽古の相手方から注意された。
なるほどと思う。

「力を抜くことは、相手の力を感じ取ることでもある(逆に、力が入っていると相手の力を感じ取れない)」とも指摘された。
なるほど。

先は長い。