50を過ぎて剣術入門、気がつけば60超え

古武術の稽古日記です。

稽古日記 39 2009.11.14

タイミングを逸すると書き損ねてしまうので、まずは覚えていること、覚えておくことから。

●居合い 抜き打ち
刃を天(上)に向けて、剣は鞘に収まっている。因って、自分の剣で顔や腕を切らぬような配慮が必要。
刃ではなく峰を顔に向ける。顔を切ることを恐れて、右に逃げる(傾ぐ)ことを戒め、軸はあくまで直立させる。左手は、鞘を落としたら(剣を抜いたら)直線で身体の中心線に運ぶ。等々。

木刀なれば殆ど注意することもなかったが、特に縦に抜く場合、なるほど刃は自分の側を向いている訳で、真剣と考えてみれば空恐ろしいことをしている。

●受けてから落とす 三角の関係 対八相の袈裟切り
落とすという技は一刀流ならではのものかもしれない。第三者が傍から見ていても、何をやっているのか良く分からないのではないかと思う。見た目にはとても地味な動きであるし。

相手の剣と自分の剣とが切り結ぶ時、ある特定の条件の下で、合氣の状態が生じ得る。
この時、接点を通じて、相手の軸を崩す可能性が生まれる。
相手の軸を崩す。これが即ち、落とすということ。
(見た目に)相手の剣が落ちるのは、軸を崩した結果である。

○打太刀が八相から袈裟に切ってくるのを、小太刀で受けて、これを落とす。
受けが悪いと指摘された。身体の前方ではなく、横で受けるよう直される。
そうして横で受けて、三角を意識すると、不思議なことに、相手の胸がロックオンされた。
或は、相手の胸をロックオンした。
三角は曲尺のイメージらし。ロックオンはアドリブの命名なれど、実感。ターゲットとして補足できたという感覚。スキ有りのスキを感覚した時と同じ。この時、素直に相手の中心に小太刀を立てれば好し。
同じように受けても、何の加減か、ロックオン感覚が甘いとやはり結果も良くない。
このようにやって、ロックオンの感覚を(数回ではあるが)実感できたことが、今日の最大の収穫。

○打太刀が正眼から真っ向に切り下ろしてくるのを、小太刀で受けて、これを落とす。
何度も、また異口同音に、力が上に抜けている(胸に落ちていない)と指摘される。
交点(接点)から相手の胸を見る、気を通すべしと言われるが、なかなかうまくゆかない。
交点と相手の胸を結ぶ線を延長した、最も遠い位置から見よと指導される。
突っ込まない、交点に入ることも技術的に重要。
翻って、八相の体験を援用すれば、曲尺の形の三角で受けることが大事なのか?
延長線上の遠くから捉えることと併せて、次回、そうしてロックオン感覚を得られるか試してみよう。

●飛ばす
実はこれが今日の稽古のメインテーマ。
身体使い、太刀使いの基本の動作として。
ある動きについて、その動線を直線で想定した時、その直線のマイナス方向へエネルギーを放つことが飛ばすという動きの肝であるとの由。作用と反作用か。

前述の小太刀の技も、この動きなのかもしれない。未だそこに至らざりき。
なにより、うまく飛ばせない。
その他、区々あれど、今後の課題。