50を過ぎて剣術入門、気がつけば60超え

古武術の稽古日記です。

五輪書を読む 水之巻 28 石火のあたりといふ事

一 石火のあたりといふ事

●原文 石火のあたりは、敵の太刀と我太刀と付合ふほどにて、我太刀少しもあげずして、いかにもつよく打つ也。是は足もつよく、身もつよく、手もつよく、三所をもつてはやく打つべき也。此打、たびたびならわずしては打ちがたし。よく鍛錬すれば、つよくあたるもの也。

○私訳 石火のあたりというのは、敵の太刀と我の太刀が触れる程の近い間合いに於いて、我が太刀を少しも上げずして、しかも強く打つことを言う。
この打ち方には、足と身と手と、この3箇所の強さが必要で、この3箇所を以って迅く打つのである。これはただただ修練を積まねば打ち難いものであるが、よく鍛錬すれば強く打てるようになるものである。

☆「足もつよく、身もつよく、手もつよく」と口で言うのは簡単だが、奥が深い。
強くとは力任せとは違うはずで、膂力が強ければ良いというものでもないはずである。
当派で時々稽古する小手打ちがこれに該当するのかもしれぬが、無理に速く打とうとすると、腕の筋を痛める。
身体を練るという面白さはこの辺にあって、たった1行の心得を会得するにも様々のハードルをクリアし、ひとつづつ体得していかねばならない。単純に筋肉の強さだけではなく、その使い方やバランスや等々。強く打つとは、見方を変えれば、如何に力を抜くかであるとも言えるし、ならば、如何に弱く打つかであるとも言える。