50を過ぎて剣術入門、気がつけば60超え

古武術の稽古日記です。

五輪書を読む 水之巻 6 兵法心持の事 続き

●原文 常にも、兵法の時にも、少しもかはらずして、心を広く直にして、きつくひつぱらず、少しもたるまず、心のかたよらぬやうに、心をまん中におきて、心を静かにゆるがせて、其ゆるぎのせつなも、ゆるぎやまぬやうに、能々吟味すべし。

○私訳 兵法の時も、日常も心の持ちようは少しも変わらない。心は広く真っ直ぐに保つ。弛んだ心は論外だが、と言って緊く引っ張りすぎれば緊張するだけでこれも好くない。何か一事に偏らぬよう、心は常に真ん中に置くように心掛ける。心は静かにゆったり揺れ動いている情態が理想であって、決して何かに固執したり、囚われたりしてはいけない。だから、ゆったり揺れ動くその刹那刹那にも、動きやまぬよう、動いた先のものに捕らわれぬよう充分注意しなければならない。以上述べた事、よくよく研究せよ。

☆一事に囚われない事、逆に言えば「如何に自在な心を確保するか」がメインテーマのように思える。
手を替え、品を替え、状況を替えて繰り返している。

軽く読み流してしまうが、何とか手掛かりを見つけて一句一句イメージを摑みたい。

例えば、心を広く直にするとはどういうことなのか。広くはまぁ分かるとして、直は何だろう。
直の語には、チョクではなく、タダチニでもなく、スグとルビが振ってある。ならば、直は真っ直ぐの意味か、素直ということか、それとも打てば響く様にてあるという事か。
ここでは一応真っ直ぐとしたが。

訳そうと思うと、どうしても正しい訳を意識してしまう。
そうなると、高校を出てから古文とは全く無縁なのだから、早晩二進も三進も行かなくなる事は目に見えている。
という訳で、正しい正しくないは二の次で、私の恣意的な解釈に徹することにする、改めて。