50を過ぎて剣術入門、気がつけば60超え

古武術の稽古日記です。

五輪書を読む 水之巻 3 2009.03.20

水之巻 前文の続き

●原文 兵法の利におゐて、一人と一人との勝負のやうに書付たる所なりとも、万人と万人との合戦の利に心得、大きに見たつる所肝要也。

○私訳 兵法に於ける有用な事柄について述べる訳だが、一対一の剣の勝負について記したものでも、それはそのまま万人対万人の合戦にも応用できるものであるから、広く大きな視野の中で理解するように心がける事が重要である。

☆「兵法」という語は、色々な意味を含んでいるようで、どうも現代語の兵法とは少し異なるらしい。

現代語で兵法というと、「孫子の兵法」というように戦争や軍事全般に関わる理論を指すように思える。この時、兵は軍隊または軍事一般であって、1武人としての兵個人ではないから、兵法に個人の格闘技術やその論という意味は汲み取りにくい。まァ、兵法という語自体が半ば死語であるから強弁する気はないが、私の個人的な印象としてはそう感じる。

武蔵は、兵法を武家の法と規定している(地之巻)。正確にそれを辿ろうとすると別の展開になってしまうので、まずは、兵個人の「剣の法」という意味でもあり、将たる者の「合戦の法」でもあり、その鍛錬についての法でもある程度に押さえて先へ進む。

蛇足だが、司馬遼太郎は「ひょうほう」と訓ませ、剣の法の意に限定した。例えば兵法指南は剣術教えますという意味である。五輪書では「へいほう」とひらがな書きでも表している。歴史かなづかいでは、「へいほう」を「ひょうほう」と訓むのかな?